瀬名秀明(藤子・F・不二雄原作)『小説版ドラえもん のび太と鉄人兵団』(小学館Kindle版,2011年)

ドラえもん のび太と鉄人兵団』が名作であることは疑いようがない。その小説版の存在はなんとなく知っていたものの,今迄食指が動かず読まないままでいた。先日,AmazonのPrime Readingに本タイトル*1が追加されていたのを発見し,ついに手に取るに至った。

瀬名のインタビューによれば,鉄人兵団は鏡面世界でのリルルとの決戦を境目とした二部構成の物語と取ることができる*2。本作にこの捉え方を適用してみると,第三章までが第一部,第四章以降が第二部ということになる。私は第一部を読んでいる段階ではまだ本作が傑出して面白いと感じてはいなかった。読者の対象年齢を14歳程度に設定した*3ということもあってか文章の表現がやや硬く,小学5年生であるのび太たちを描く文体として適切であるのか判断がつきかねたまま読み進めていた。第二部に突入して最初の頭脳が喋る場面でも,頭脳が様々な声色を代わる代わる駆使する描写に違和感を禁じ得なかったが,そこからのび太たちが再度鏡面世界に進入するあたりでだんだんと文章がすんなり頭に入ってくるようになった。終盤,鉄人兵団との決戦の場面は,何度も視点が変わりながらもそれが非常な緊張感を発生させるのに効果的だったようで,最終的には眦から涙が零れ落ちていた。小説を読んで目頭が熱くなることは時折あっても,涙を流したのは久々であったように思う。三万年前のメカトピアでの老博士と静香たちのやり取りなどは,他人を思いやる心への導線が丁寧に描写されており,原作漫画の行間の補完として自然かつ有効な表現だった。最後まで読み終えて,最終的には良い小説化であると感じた。

Windous版のKindleアプリで読んだせいか,ほとんどの日本語フォントが明朝体であるのに一部の漢字がゴシック体で表示されるのは少々気になった。作品それ自体の評価には無関係な部分ではあるが,とはいえレイアウトは読書の重要な一要素であるようにも思われ,何か解決策が欲しい。

本作を読み終え,折角の機会と思い藤子・F・不二雄大全集で原作漫画*4も読み直した。奇しくもこの本も2011年に発売されたものだ。非常に緻密に細部まで詰められた作品で,瀬名が人生最高の10冊に堂々の1位として挙げる*5のも頷ける。漫画を読み終えて再び深い満足感に浸っていたとき,ふと,そういえば主題歌が掲載された見開きページを見た覚えがないことに気がついた。何度かページをめくり直しても見つからない。同巻に併せて収録された竜の騎士にはちゃんと存在する*6。大全集の大長編を全部めくってみると,どうやら魔界大冒険と鉄人兵団の2作だけは歌詞の見開きが存在しないようだった。魔界大冒険主題歌の『風のマジカル』は武田鉄矢作詞でなかったためとも考えられるものの,鉄人兵団主題歌の『わたしが不思議』の作詞は武田鉄矢である。ひょっとすると,コマ割りやページ割りを緻密に詰め込んだ結果,歌詞ページを挿入する場所をついに見出せなかったのかもしれないが,実際のところはどうだったのだろうか。

*1:瀬名秀明藤子・F・不二雄原作)『小説版ドラえもん のび太と鉄人兵団』(小学館Kindle版,2011年)。

*2:杉江松恋「「ザンダクロスは合体ロボットに」『鉄人兵団』小説化実現まで〈瀬名秀明ドラえもん」インタビュー2〉」エキサイトニュース〔瀬名秀明発言〕(2011年4月1日)(https://www.excite.co.jp/news/article/E1301586909144/?p=4,2020年6月4日最終閲覧)。

*3:杉江松恋「「ザンダクロスは合体ロボットに」『鉄人兵団』小説化実現まで〈瀬名秀明ドラえもん」インタビュー2〉」エキサイトニュース〔瀬名秀明発言〕(2011年4月1日)(https://www.excite.co.jp/news/article/E1301586909144/?p=3,2020年6月4日最終閲覧)。

*4:藤子・F・不二雄ドラえもん のび太と鉄人兵団」『藤子・F・不二雄大全集 大長編ドラえもん 3』(小学館,2011年)5頁。

*5:瀬名秀明「「ドラえもん」からはじまった、僕のSF作家人生」現代ビジネス(2019年7月6日)(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/65531?page=3,2020年6月4日最終閲覧)。

*6:藤子・F・不二雄ドラえもん のび太と竜の騎士」前掲注(4)211頁,394-395頁。