木緒なち『ぼくたちのリメイク』4巻中途まで

つらいページは早く繰る。
どうやらそれが自分の性癖であるようだ。

かつてダレン・シャンの「デモナータ」シリーズを読んでいたとき、主人公の一人が洞窟に閉じ込められてしまう場面があった。巻のだいぶ終盤の出来事で、残り少ないページでどうやって洞窟から脱出するのか、心をひどく縮こませて半ば以上読み飛ばしながらページを繰り続けていたのを覚えている。主人公なのだから必ず助かるはずだという根拠のない確信を胸にしつつも、あのとき私は明確に、まったく見出される気配のない救いの糸口だけをひたすら求めて読み進めていた。結局、その巻の残りのページで主人公が救われることはなかった。主人公なのに、助からなかった。あまりの衝撃に読後しばらく呆然としていた。

 

『ぼくたちのリメイク』は現在アニメ放送中の作品で、原作はMF文庫Jから刊行されている。私はdアニメストアで視聴しているから、現在アニメの第6話まで観終えたことになる。職を失った28歳の主人公が突如10年の時を遡り、当時選ばなかった芸術大学へ入学し直してクリエイターとして人生をやり直すべく歩きはじめる、というのがこれまでのあらすじだ。私は10年分の苦渋や諦念、そして技術的な経験を生かして第二の人生で成功体験を積み重ねていく主人公の描き方をワクワクしながら楽しんでいた。そしてアニメ第5話の引きが快く、また私にしては珍しく非常に楽しめるラブコメ作品だったこともあって、原作に手を出すことにした。アニメと比べると原作の主人公の変態度がやや高いきらいはあったものの、2巻まではほぼ順調に読み進められたと言って良い。当然そのままの調子で3巻まで手を伸ばした。そして絶望した。

原作3巻で主人公は才能豊かなシェアハウスの同居人3人と共に同人ゲームを製作する。大手サークルの看板を使って販売することになったため、納期でも品質でも失敗は許されない。そのゲーム製作中の主人公の心情描写が、どうもきな臭い。1巻、2巻で主人公は困難に直面すると、仲間と本音をぶつけ合い、その上で互いに納得と妥協を重ねて次のステップへ進んでいた。ところが3巻で主人公は、仲間に本心を明かさない。嘘を吐くわけではないが、現実的なラインを自分の中に一人で見定め、本音をぶつけてくる仲間を上手くいなして製作を続けた。そこで私は、ははん、と思う。またどこかのタイミングで仲間と本音のぶつけ合いができていないことで仲違いし、それを解決して円満に製作を終えるのだろうと。ライトノベルに大切なのは主人公を少し下げて、それからぐっと持ち上げることだといつかネットの創作論で見た覚えがある。たしかにその流れで1巻、2巻はほどほどに心地良いカタルシスに浸ることができた。アニメでは大笑いしながら浮かれる程度にのめり込んだ。これを繰り返すとなるとパターン化して芸がないのかも知れないが、カタルシスの肝はなるほどここなのだと実感してきてもいた。しかし妙なことに、3巻はなかなか明確なサゲが来ない。不穏な雰囲気だけが充満してきている。Kindleの読書進捗率の数字が大きくなるごとに、焦りが出てくる。そしてだんだんと不安が形になって現れだす。もしかして、このまま上がらないのではないかと。必死に画面を次へ次へとタップする。求めるものは救いである。しかし結局、悪い予感は的中し、下がり切ったまま一切の浮上を許さず3巻は終わってしまった。正直ここで読むのを止めてしまいたかった。一巻丸ごとフリとしてサゲに徹する作品に、今の私の心は耐えられる気がしなかった。しかし3巻のあとがきを見て、ここからが主人公の本当のリメイクの開始なのだという作者のコメントを信じて、4巻を続けて読むことに決めた。すでに若干では収まらない不安と恐怖が漂っていた。

3巻の末尾から、舞台は急に未来に移っていた。10年前に戻りそこで1年を過ごした後、今度はそこから11年未来へと主人公は時間を跳躍したのだ。この未来は過去に戻る前の延長上ではなく、過去に戻り新たな大学生活をした後の延長上にあるようで、主人公はシェアハウスの同居人の1人と結婚し、子供を設けていた。しかし主人公の主観としては11年の時を飛び越えており、結婚も、子供も、現在の自分のことも何も分からない状態だった。早く過去に戻ってくれ、また機転と経験を生かして成功体験を重ねてくれと願い、ほとんど斜め読みしながら画面をタップし続けたが、残念なことに祈りは届かなかった。この未来は、Kindle進捗率30%を超えてもまだ続いている。そこで私は、一旦本書を置くことにした。もう心がつらさに耐えられなかった。

 

ここまで読んで言えることは、非常に残念なことに今の私ではこの作品を芯から面白く楽しむことができないということである。私はやり直しものの成功体験からくるカタルシスを求めて本作を読み始めた。しかしそれが順調に摂取できたのは2巻までで、そこから先は私の求めるものとの高低差が激しすぎる劇物だった。正直、これから本作アニメの視聴を続けるのも怖くなってしまった。しかし、ひとまず一途の望みをかけてアニメは視聴を継続するつもりだ。来週は総集編のようだが。

気持ちを吐き出して、どうにか動悸が治まり始めた。感情とはかくも恐ろしいものかと感じ入るほどだ。ただ、しばらくはただただ幸せな作品に浸りたい。山も、落ちも、意味も要らないから、幸せな作品に心を浸して傷を癒さなければならない。何が良いだろう。きらら4コマなどだろうか。