「不快気」なる語について

オーバーロード』を読んでいて途中から度々「不快気」という語を見かけるようになった。私もこの世の全ての日本語を語彙に持つわけではないから,初めて見たこの単語にいささか面妖さを感じつつも,まあ不快な感じなのだろうなと流して読み進めていた。知らない単語に出会ってもいつのまにかすぐには辞書を引かなくなってしまったのは,多少学が付いたという驕りからなのだろうか。

改めて「不快気」を辞書で引いてみるも,そのような見出し語はなかった。念のために幾つか辞書を見比べてみても,やはり「不快気」は存在しない。

Googleで検索してみると,最初にサジェストされたのは「快気」であった。なるほど,私が最初に思い浮かべた「不快」に「気」がついたのではなく,「快気」の頭に「不」が付いた語であると判断されたようである。

その次にサジェストされたのは,用例.jpというページのサイト内検索画面であり,なぜか「東條は不快気」という語での検索結果だった。どうやら保阪正康の『東條英機天皇の時代』という作品で何度か使用されているようだ。

Google検索結果のページを下れば,他に近衛龍春の『前田慶次郎:天下無双の傾奇者』でも「不快気」は使われているようだった。

あまりGoogleで検索結果を順繰りに見て行っても仕方がないと思い,2件目に出てきた用例.jpを使ってみることにして「不快気」で検索をかけてみると,18件の使用が登録されていた。使用例の中には高橋弥七郎の『灼眼のシャナ』や高千穂遙の『ダーティペア』,小野不由美の『十二国記』など,著名な作品が引用されている。それらの中で一際私の目を引いたのは小栗虫太郎の文字だった。言わずと知れた推理小説三大奇書の一つ『黒死舘殺人事件』の作者たる小説家である。引用元は『失楽園殺人事件』という小栗の別の作品であるが,何にせよ「不快気」という言葉は昭和初期の昔から使用されていたらしい。

とはいえ,使用例だけ並べても「不快気」の成り立ちは不明瞭のままである。存外に時代が付いた表現であるようなので,各社の辞書編纂委員の方々には是非「不快気」を取り上げていただきたい。

 

不快気について調べる過程で,中国語に「不快活」という表現があると知った。意味は「不機嫌」ということらしい。

 

2023年10月21日 追記

うちのブログのアクセス数の半分以上がこの記事であることに照らし、4年以上前の記事だが追記しておくことにする。

 

たぶんこれ、「ふかいげ」って読むのじゃないかしらん。

 

何年か前(記事を公開してからは何年か後)に思い至って、この可能性が全く頭に浮かんでいなかった自分が不思議で仕方ない。

「不快」+「気」まで辿り着いていながら、「気」を「き」としか読めていなかったのである。

「気(げ)」は辞書にちゃんと接尾語として立項されている。何も不明瞭なところなどなかった。