【ネタバレ注意】『天気の子』

つい2週間前に「『天気の子』を観る予定はない」などと言っていた舌の根の乾かぬうちに,友人が観に行くというのでそれに付いて『天気の子』を観に行ってしまった。

端的な感想を言えば,存外悪くなくて悔しい,というのが本音である。『君の名は。』が自分に刺さらなかったから本作も大した期待をしていなかったのが,見事に裏切られてしまった形だ。

作品から受けた印象としては,子供の教育に悪そうなジブリ,といったところである。映倫がレーティングを実態としてどのように判断しているのかは知らないが,PG12に指定されていてもおかしくはないのではないかと感じた。具体的にはバニラの求人広告トラック,違法スカウト,1泊2万8000円のホテル,バスローブ,自動拳銃の取扱い等には適切な指導が必要ではなかろうか。残弾がある状態で投げると落下の衝撃で暴発するかもしれないし,引き金に常時指を掛けたままでは思わぬ発砲に繋がるおそれもある。そもそも陽菜さんが言うように,おもちゃだろうと,普通,人に銃口を向けてはいけない。あと,喘息の娘を引き取ろうとしている人間がいくら思い悩んだからといって喫煙してはいけない。お父さん頑張ってくれ。

君の名は。』の感想では,入れ替わり情報の削除に関わる境界がよく分からないことによって世界のルール自体に不信感を抱き,楽しむことができなかったと述べた。

翻って今作では,世界のルール自体は単純なもので,天気は気まぐれ,人はそれに介入できなくもないけどタダじゃないよ,という程度のものであった。主人公が相対する煩雑な障害のほとんどは人間の生み出した社会のシステムの内部で発生したものであり,世界のルールはただそこに悠然と横たわっているだけである。厳密に考えれば,無為自然の世界と人為とを繋ぐ天気の巫女に関して限界事例や境界の考察をいくらも重ねることができるのだろうが,作中ではそこに深く立ち入らなかったことで特に違和感に悩まされることはなかった。須賀夏美の原付運転テクニックは考えても仕方がなかろう。そういえば予告で分かってはいたものの,本田翼の演技は普通に上手だったと感じた。私の中では少し滑舌の悪い早見沙織というポジションである。

事前情報として私が得ていたのはTwitterで流れてきた「貧困の描写が上手い」といった程度であったが,全体的に表現に気を使っていると感じた。ホテルの自販機でインスタント食品を大人買いする夕食に対して先輩が「ごちそうだよ」と嬉しげに発した声は非常に印象深い。あとは高校卒業後に帆高が立花家を訪れたときの「前の家から引っ越されたんですね」「水没したからね」「……すみません」「なんであんたが謝るの」といったような内容の掛け合いも,一見普通の会話に見えてその裏に帆高が抱えていたであろう自責の念を垣間見ることができる良いシーンだと思う。

陽菜はともかくとして帆高のバックグラウンドが判然としないから彼が東京に家出するまでの意思決定過程を追うことは難しいものの,東京に出てきてから劇中に表される彼の行動選択の過程は,いささか短慮で想像力に欠けると思う部分はあれど,観ていて全く理解できないというほどでもなかった。

本稿冒頭で本作が教育に悪そうな「ジブリ」と書いたのは,帆高と陽菜が空から落下するシーンで『千と千尋の神隠し』のニギハヤミコハクヌシのあのシーンと『天空の城ラピュタ』の地下炭鉱への落下のシーンを想起せずにはいられなかったことと,ファフロツキーズ的な空の生態系とそれに関連するであろう本作冒頭のフェリー上や中盤の中学生か高校生2人組に降りかかるプールをひっくり返したような流水に半透明の生物っぽいナニカ,そして陽菜が天気と繋がり帆高が空に昇り二人が空から帰ってきた鳥居というモチーフから,やはり『千と千尋の神隠し』が想起させられたことによる。『天気の子』の自然は『千と千尋の神隠し』の神様たちのように人間的な意識を持っているようには少なくとも作中では見えず,またいわゆるあちらの世界とこちらの世界の境界が本作の方が大分曖昧である点で,両者は大きく違う作品であることは間違いないだろうが,現世と異界の対比に鳥居やトンネルをくぐって境界を越えるという構造から,やはり『千と千尋の神隠し』は思い起こさずにはいられない作品である。作品の類似が云々言いたいというよりは,私の中でジブリはやっぱり強かった,というだけの話だ。

なまじ本作が悪くないと感じてしまったがために,次に新海監督の作品が上映されるとなったときに再び映画館まで足を運ぶかどうか悩んでしまう。また友人に連れて行ってもらうのも,悪くはないかも知れない。

 

最後に,こんなところに書いても本人に届くとはとても思えないけれど,一動画受講生としての私信です。

あおさん,私は『君の名は。』についてあなたと同じような感想を抱いていましたが,『天気の子』は意外とすんなり楽しめました。これまでの新海監督の作品が好きなあなたが,その延長線上にこの作品を捉えられるかどうかは分かりませんが,それはそれとして,一度これをご覧になってもいいんじゃないかな,と私は思います。