『クレヨンしんちゃん ちょー嵐を呼ぶ 金矛の勇者』

クレヨンしんちゃん ちょー嵐を呼ぶ 金矛の勇者』(以下『金矛』)は,2008年公開の劇場版クレヨンしんちゃん第16作目,かつ本郷みつる監督の12年ぶりとなる監督作品第5作目である。

本郷監督の作品で前作は『クレヨンしんちゃん ヘンダーランドの大冒険』(以下『ヘンダーランド』)であり,かつアニメオリジナル作品は『ヘンダーランド』と『金矛』のみである。それが故か分からないが,『金矛』は『ヘンダーランド』にかなり似た構成になっていたように感じる。

 

『ヘンダーランド』の黒幕はマカオとジョマという2人組のマッチョ・バレリーナで,しんのすけのいる世界を手中に収めようと別の世界から現れた。

対して『金矛』の黒幕はアセ・ダク・ダークというマッチョ・ピエロで,ドン・クラーイという異世界から,生きとし生けるものを全て夜の民にするためにしんのすけのいる世界に侵攻する。ダークは1人だけだが,金の矛で体を両断された後で2人に分身した。

両作品の黒幕は,異世界から来てしんのすけのいる世界を侵略する強力な2人組という点で共通する。

 

両作品は黒幕の手下も共通点を持つ。

『ヘンダーランド』でしんのすけと最初に邂逅を果たした悪役はクレイ・G・マッドという人間に擬態した狼男で,初めはしんのすけと友好的に接触したものの,しんのすけが自分の意に反した動きを見せると豹変して敵対的になった。

『金矛』ではマック・ラ・クラノスケという男で,こちらも紳士的な友好的接触から口の悪い悪役に一転した。

両者の違いといえば,マッドが最初からしんのすけを利用ないし敵対しようとしていたわけではないのに対し,マックの方は銅鐸の力でしんのすけが利用すべき人物だと分かっていて接触したことか。

 

また,『ヘンダーランド』にはチョキリーヌ・ベスタという悪役も登場する。セクシーな美女で,しんのすけが色目を使ってしまう悪の女幹部だ。初対面時,しんのすけはチョキリーヌが「ぴちぴちのおねえさん」であるという理由で,味方だったトッペマ・マペットを裏切って信用してしまう。

『金矛』の女幹部としてはプリリン・アンコックが登場する。こちらもしんのすけが惚れる大人のおねえさんで,かなり友好的に接触された所為もあってか,しんのすけはプリリンに騙され味方であるマタ・タミを裏切って彼女を封印してしまう。

 

『ヘンダーランド』にはもう1人,ス・ノーマン・パーという悪役が出てくるが,『金矛』にはもう悪役は登場しない。無理やり彼と対比するならば,『金矛』のクロになるだろうか。どちらもプレタイトルに正体が隠されている(ス・ノーマンはゴーマン王子,クロは銀の盾),物語終盤で正体が判明する点では共通している。とはいえ,クロの役割としてはスゲーナ・スゴイデスのトランプの方が近いようにも思われる。

 

味方となる強いおねえさん枠にも共通点がある。

『ヘンダーランド』の味方役はトッペマ・マペットという人形の女の子で,その正体はしんのすけは序盤に出会ったきれいなおねえさんであるところのメモリ・ミモリ姫である。最終的にしんのすけの頬にキスをして自分の世界に帰って行く。

『金矛』での味方はマタ・タミという一見すると少年に見える少女で,セクシーであったり妙齢であったりという描写は見受けられないが,女の子と判明した後,しんのすけに「おねえさん」と呼ばれ,口説かれている。こちらも最終的にしんのすけの頬にキスをして自分の世界に帰って行く。

 

とまあ,登場人物にはこれだけの類似が見受けられるのだが,アマゾン・カスタマーレビューの評価はかなり差が開いてしまっている。

『ヘンダーランド』の評価は33件で星4.9,『金矛』の評価は32件で2.3である。アマゾンにカスタマーレビューを残す人たちの属性の偏り的に,思い出補正が大きくかかる『ヘンダーランド』の評価が高くなるのは当然と言えば当然であるが,それは『金矛』が低い理由にはならない。

個人的な感想としては,ギャグは本郷監督が昔監督をしていた当時の作品(『クレヨンしんちゃん アクション仮面VSハイグレ魔王』から『ヘンダーランド』まで)と同じ匂いを感じたが,全体的に少し空気が間延びしていたのと,それによって敵を倒したときのカタルシスが大きく感じられなかった。また,細かな社会風刺表現が途中途中に繰り返し繰り返し挟まれるのも,間延びした空気を作る原因の一つになっていたのではないかと思う。90分弱の作品だが,2時間越えの超大作を見ている気分になった。

 

『ヘンダーランド』と『金矛』では,結局私も思い出補正がかかることもあって『ヘンダーランド』に軍配が上がってしまうが,とはいえ『ヘンダーランド』はポケモンショック的な目がチカチカする効果が多用されていることもあり,今から他人におすすめするのは難しい。