丸山くがね『オーバーロード1 不死者の王』(KADOKAWAエンターブレイン,2012年)

面白くて小説を一気読みしてしまうなどいつぶりだっただろうか。そもそもここ数年まともに小説を読んでいなかったのだからその年数は推して知るべしだが,それこそ下手をすれば10年くらいはなかった経験かもしれない。

私はオーバーロードにアニメから入った口である。そのアニメに入ったのは幼女戦記のアニメを観て感激し,どこかのサイトで幼女戦記オーバーロードはバーターにされているからどちらも知っていた方が楽しいというような書き込みを見たからであった。この迂遠な動機付けによりようやく書籍版第1巻*1との邂逅を果たしたわけだが,そのあまりの面白さに感嘆せざるを得なかった。

まずもって文章が読みやすい。これは当たり前のようでいて決して当たり前ではない。ついでと思って同時に購入した幼女戦記の書籍版第1巻*2は少しく癖が文体の強かったがためにまだ読み終えられていない。これも面白いことに違いはないのだが,まあ例えて言うならば麦茶と豚骨スープのような違いがあり,すんなりと飲み干せるか飲むと決めたら気合を入れてかからなければならないかが変わってくるのである。世の中には豚骨スープもぐびぐびと喉を鳴らしながら飲み干せる御仁もあろうが,少なくとも私はそうではない。ちなみに,当然,麦茶がオーバーロードで豚骨スープが幼女戦記である。

話をオーバーロードに戻そう。オーバーロードは描写が丁寧でその上過剰にしつこくはなく,分かりやすくて読みやすい。時折,所与の前提のように固有名詞が用いられたり,形容修飾関係が一意に定まらない部分があったりするものの,第1巻全389ページという長大なヴォリュームの内そのような個所は微々たるものであり,ほとんどストレスなく読み進めることができる。

アルベドとシャルティアが絡む部分のエロチックな描写は多少刺激の強いきらいはあるが,まあ好みの問題であろうか。しつこく繰り返されるわけではなく,所々にアクセントとして散りばめられているため,頻度的には良い塩梅なのではないかと思う。個人的にはもう少し直截的でない表現の方が,オーバーロード全体の雰囲気からすれば好みである。

ストーリー展開もかなり好みの部類に入る。創作論的に所謂ところの「小さな嘘」,すなわち理由もないのに論理的あるいは常識的に考えて違和感が残るような描写がないよう気を付けて書かれているのが好印象である。アニメを見ていて首を傾げていた部分も,本書を読んでみれば捨象された内容が補完できて納得がいった。

なお,別にアニメを扱き下ろすつもりでないことはご理解いただきたい。アニメには映像であるが故の表現の都合があり,書籍には文章であるが故の表現の都合がある。さらに言えば,制作に携わる人間がより多いためか,アニメの方が台詞回しが洗練されている部分も少なくない。どちらにも一長一短があり,私はどちらもまあ楽しんでいる。が,圧倒的に好みなのは書籍版である。

閑話休題ライトノベルはなろう系の台頭により異世界転生小説*3がいまだに大流行の様相を呈しているようであるが,オーバーロードはそれらの中でもかなり丁寧に設定を掘り下げている部類の作品なのではないだろうか。作者丸山くがね先生がTRPG好き*4とのこともあってか,少年心をくすぐる魔法や特殊技術の数々である。世界観の造形も奥深い。

アニメは3期まで全話視聴済みであるから大筋は粗方分かっていると思われるものの,書籍版第1巻を読んだだけで既に多くの新たな発見を与えられているから,今後続刊を読み進めるのが非常に楽しみである。

*1:丸山くがねオーバーロード1 不死者の王』(KADOKAWAエンターブレイン,2012年)。

*2:カルロ・ゼン幼女戦記1』(KADOKAWAエンターブレイン,2013年)。

*3:転生と転移と召喚と憑依の別は面倒なのでここでは論じない。

*4:丸山・前掲注(1)巻末作者プロフィール。