「最後の言葉」のフレーバー・テキスト

世界的にプレイされているトレーディングカードゲーム(通称はTrading Card Gameの略でTCG)のタイトルにマジック:ザ・ギャザリング(通称はMagic: The Gatheringの略でMTG)というものがある。1993年アメリカ生まれの世界最初のTCGとされるゲームだ。私はこの手のゲームはてんで弱いのであまりプレイしたことはないのだが,MTGはその繊細なイラストと良く練られたゲームシステム,それに深いストーリー性に魅かれて興味を持ち続けている。

MTGのカードにはそのカードの名称,種類,効果など,ゲームをプレイするのに必要な情報だけでなく,フレーバー・テキストと呼ばれる,MTGの世界観の中でそのカードがどのような物語を持っているのかを描き出す文章が記載されているものがある。

そのようなフレーバー・テキストが記載されたカードの1枚に,「最後の言葉/Last Word」というものがある。ゲームにおいての効果も優秀であるが,それに加えて秀逸なフレーバー・テキストを持つことでも有名なカードだ。その内容は以下の通りである。

"Someday, someone will best me. But it won't be today, and it won't be you."*1

そしてこのフレーバー・テキストの日本語版がこちらだ。

いつか、誰かが私を打ち負かすだろう。 だがそれは今日ではないし、お前にでもない。*2

実に心躍らせる名フレーバー・テキストであることは間違いないだろう。しかし,邦訳を見て少し不思議な気持ちになるのも確かなことである。

原文の最後"and it won't be you"は,邦訳では「お前にでもない」となっている。素直に訳すならばここは「お前でもない」となると思われるところである。すなわち,ここでは「お前が私を打ち負かすのではない」という意味から,「私が打ち負かされるのはお前にではない」という意味に,主題が転換して訳されている。

日本語版の2文目の最後が「お前にでもない」となっていることからすれば,「今日ではない」と「お前にでもない」の双方に,「私が打ち負かされるのは」という趣旨が共通していると考えるのが自然であろう。そこから逆に,「今日ではない」という言葉の意味を考えてみると,「今日,誰かが私を打ち負かすのではない」と「私が打ち負かされるのは今日ではない」とでは,前者は私が打ち負かされることは否定されておらず,その前提が強く感じられるのに対して,後者は私が打ち負かされることそのものを否定する感じが強いように思われる。

正味,どちらでも意味するところは同じであるし,翻訳担当者が「お前に」と訳す方が日本語表現的に自然であるか,あるいはこのカードの持つストーリーからして自然であるという判断を下した結果こうなったのであろうから,特にこれに文句があるというわけではない。ひょっとすると私の英語の理解が誤っているとか,このカードのストーリーに詳しくないために意味を履き違えているとかの可能性もある。

私が今日このエントリを書いたのは,久々に「最後の言葉」のフレーバー・テキストを目にして,ただ,なんとなく,ニュアンスが変わる訳し方のカードがあったということを記録しておきたかっただけである。

*1:Wizards of the Coast LLC, Last Word (Darksteel), Gatherer - Magic: The Gathering, https://gatherer.wizards.com/Pages/Card/Details.aspx?multiverseid=50929, last visited May 14, 2019.

*2:ウィザーズ・オブ・ザ・コースト「最後の言葉(Darksteel)」Gatherer - Magic: The Gathering,https://gatherer.wizards.com/Pages/Card/Details.aspx?multiverseid=76208,2019年5月14日最終閲覧。